最高裁判所第三小法廷 昭和42年(あ)858号 決定 1968年3月26日
本籍
富山県高岡市頭川三二七一番地
住居
埼玉県所沢市大字三ヶ島堀之内八七番地の一〇
団体職員
小林正之
昭和六年六月一五日生
本籍
東京都港区港南四丁目九号地
住居
東京都杉並区天沼二の三〇の一一 天沼アパート四号館一二〇号
団体職員
日置克之
昭和九年二月二二日生
右両名に対する公務執行妨害被告事件について、昭和四二年二月一四日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件各上告を棄却する。
理由
弁護人安田叡、同渋田幹雄、同秋山昭一の上告趣意第一は、憲法一二条、二一条違反をいうが、原判決の是認する第一審判決が認定した事実によれば、同判示第一事実に関する大蔵事務官中村嘉根茂、同星金二郎の職務の執行および同判示第二事実に関する大蔵事務官木島祥吉、同江副恕の職務の執行は、いずれも適法であると認められるから、これらの行為が税務調査権の濫用であり、正当な公務の執行ではないことを理由とする所論違憲の主張は、前提を欠き、適法な上告理由とならない。
同第二は、憲法三一条違反をいうが、記録に徴するも、被告人らに対する本件の捜査および公訴提起が、所論のような意図のもとにされたものと認めるべき証跡は存しないから、所論違憲の主張は、前提を欠き、適法な上告理由とならない。
同第三は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
また、記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 飯村義美)
昭和四二年(あ)第八五八号(上告趣意書)
被告人 小林正之
外一名
弁護人安田叡、同渋田幹雄、同秋山昭一の上告趣意(昭和四二年六月二七日付)
一、はじめに
本件は昭和三八年夏頃より昭和三九年にかけて政府、国税庁当局によつてなされた中野民主商工会に対する前例をみない激しい組織破壊のいと口となり政治的弾圧の核心となつた事件である。
「脅迫による公務執行妨害」というのが彼らの口実であつた。
しかし一審二審とも証拠調べがすすむにつれて彼らのねらいははずれ、むしろその露骨な政治的意図、目的だけが明らかとなつた。
しかし、一、二審判決はわれわれの予測と逆であつた。
人民の基本的権利に対する侵害ははねかえさなければならない。
それは歴史と未来に責任をもつ人民の責務として。
左に上告理由を述べる。
第一、原判決は憲法一二条、二一条に違反していること。
原判決は憲法一二条の保障する国民の幸福を追求する権利、二一条一項の保障する国民の結社の自由をふみにじる違憲の判決であり破棄されなければならない。
(一) 原判決は判決理由をよめばすぐ分るように弁護人の一審判決の違憲性を論ずる控訴理由を高飛車に一蹴しているが、これに全く理由を付していない。その認定は著しく粗雑であり不公正であつて、憲法によつて保障さるべき人民の基本的権利の尊さについての厳密な検討も配慮も完全に欠如している。しかも配慮が欠如しているどころか、原判決は量刑に関する理由中、「被告人両名は本件につきいささかの反省も示さず・・・むしろ寛大に過ぎるきらいこそあれ」とまで判示し被告人等の主張に対し露骨な敵意すらしめしているのである。
このような原判決が政府、国税庁当局を不当にはげまし民商の組織活動、事務局員らの正当な活動に制約を加えるものであるこというまでもなく、判決自体憲法一二条、二一条二項に違反するものといわなければならない。
(二) ところで一審判決ならびに原判決が殊更に無視、黙殺した民主商工会の結社としての活動の正当性を更に詳説することは本件の真実を理解する上で不可欠であるので一審証拠により左の通り明らかとする。
(1) 被告人等両名が事務局員である中野民主商工会は全国商工団体連合会(略称全商連)に加盟し、全国の連合体組織の一部をなすものであり、各組織は略称民商と呼ばれているものである。
中野民主商工会は民商発祥のもととなつた組織であり、その結成は昭和二三年八月にさかのぼる(結成の経緯は河野証言参照)。
このようにしてできた民商は昭和三八年一月現在でもその数全国で約二百ヶ所に及び、中小零細商工業者自らの団結の力でその営業権生存権を守るために活動してきた。
例えば税制改革、金融対策、経営相談、家事、法律相談等。
そしてこの十数年の活動をあげてみれば
<1> 事業税撤廃運動
<2> 自家労賃の非課税乃至分離申告制ための運動
<3> 国税通則法反対運動
があげられる。
又人民の平和と民主主義を守るための運動にも積極的に参加し、警職法反対運動、原水禁運動、日韓条約反対闘争などにも積極的に加わり、安保改定を阻止する全人民の闘いの時期には閉店ストをもつてこれに加わるなど中小零細業者として先進的な活動を展開してきたのである(河野、進藤証言)。
益田証言によれば昭和二六年頃、全員約三〇〇名位であつた中野民商は昭和三八年五月頃には会員一二〇〇名を突破するという組織状況にすら達していたのである。
(2) 右に述べたように民商は一九年の歴史の中で税制の民主化、適正、公平な課税徴税を求め活動してきた。
日本の税制がいかに非民主的で不適正であるか、又課税がいかに不公平であるか更に略述しておこう。
歴代の政府自民党は大企業、独占資本に対しては全面的且つ徹底した減免措置をほどこす反面、日本の労働者、農民、勤労市民、中小商工業者などには極度にきびしい重税をかけている。悪名高い租税特別措置法によればこの法律制定以来、昭和三一年までに大企業が税金のかからない準備引当金が一兆三千八百九十三億蓄積されたといわれている。
八幡製鉄は一九六五年に総利益が百八一億あつて、本来ならば法人税を六五億支払うべきところ、実際に支払つたのは三〇億といわれる。
昭和四一年度の税制によれば、夫婦子供三人の五人家族を養う者が年百万円の所得を得た場合、もし給与所得者であれば、年三万四千二百十五円の所得税をとられ、又零細業者(事業所得者)であれば、普通年四万八千七百三七円の所得税をとられる。
しかし、株の配当だけでくらしている大資本家(配当所得者で所得株式時価約二千万円)であれば、一銭の所得税もも払わなくて済むしくみになつている。つまり、配当を受けた際、天引きされ、一割の源泉所得税は申告すれば全部もどつてくる。
これら、個人高額所得者や大会社に対する特権的減免税の総額は一九六六年度で、実に約一兆三千億円に達するものとすら推定される。
しかし、歴代政府はこのように大資本大企業に対し、特権的に減免税するばかりでなく、大口脱税を数多くみのがしている。
例えば森脇事件(五七億円)。田中事件(国税だけで三億円)は氷山の一角にしかすぎない。佐藤内閣の三八人の大臣と次官のうち、一九六五年の年間申告所得額のうち、五百万円以上はたつたの一四人、なかには無申告者すらいるという事実だけでもその恥知らずの実態が分るであろう。
日本人民一人当りの税負担(国税、地方税)は昭和三〇年一万四千七百七十五円だつたものが、昭和四〇年には五万七百四十八円と実に約三・五倍に増えている。
こうした中で佐藤政府は昭和四一年度「三千億円減税」を選挙公約にかかげ初年度二千億円のうち、その半分を大企業減税にまわした。
四二年度に輸出交際費の全額損金算入をはじめとし、独占資本の対外経済輸出特別減免措置をうち出している。
大衆課税、大衆収奪の重圧は中小零細商工業者に最も重く、正に、「税のしくみはその国の政治が誰のために行われているか端的にしらせてくれる」(民商の手引)ものだつたのである。
(3) 本件公務執行妨害という形での刑事弾圧は国税当局の税務調査権の濫用、違法調査によつて誘発された。一審、原審を通じ弁護人が主張した中野税務署員らの調査が違法な調査であり、調査権の濫用であり、公務の適法性を有さず、公務執行妨害罪は成立しないとの主張については原判決は一審判決をうのみにし、何らの理由をも付さなかつた。
一審判決の法令解釈の誤り、憲法解釈の誤りは、原判決にそのままひきつがれ、被告人等が事務局員たる中野民主商工会の結社の自由に対する国税庁当局の違法違憲の侵害行為はそのまま肯認された。
だが、ことは現行納税制度の基本原則たる申告納税制度に関し結社の自由という人民の基本権に関する。原判決の態度は全くずさんという他ない。
本件における斎藤理一郎についてみれば昭和三八年三月一五日昭和三七年の課税標準を計算し申告し、既に税額を支払つた。従つて同人に更に旧所得税法六三条の「納税義務があると認められる者」として、調査対象とされるには右申告分以外に別途所得がある旨の具体的資料がなければならず調査の範囲も又この資料の範囲に限定されなければならない。
中村、星証言に明らかな単なる推測と一般論のみを根拠として税務調査には必ずしも犯罪調査と同じ意味の具体的嫌疑を要しないという大前提から出発し税務調査を適法とするのは明らかに問題をすりかえたものであり、法令解釈を誤るものである。
有限会社大栄軒に対する調査についても同様であり、原審における木島、江副らの証言はいずれも抽象的一般的理由をあげて調査の正当性を主張するにすぎず、課税標準となるべき所得の有無を判断すべき資料はなかつた。原判決はこの点に関し事実を誤認し、法人税法四五条の解釈を誤まり、結局結社の自由を侵害する調査権行使を容認することとなつた。
しかも、木島らの行為は民商組織及びその活動を破壊しようとする目的を有し、その一手段として民商会員に対する動揺、事務局員の活動の阻害をその具体的なねらいとして調査をなしてきていることはその経緯、彼等の言動、事務局員等の立会い拒否の事実よりして明白である。その点よりしても、調査権の濫用、違法性は明白といわなければならない。
本件での木島らの行為はその目的をあらわにした「挑発」だつたのである。
第二、原判決は憲法三一条に違反していること。
原判決は本件の捜査段階における警察検察当局の不法行為については一審判決を支持し、何らふれるところなく、弁護人の主張事実を独自の見解としてしりぞけている。しかしながら、本件における小林被告人の逮捕に始まる捜査から公訴提起に到る経過は明白に憲法三一条に違反しており、これを肯認する原判決自体同条に違反するものである。
その理由の一つは先にも論じたように本件捜査及び起訴が民商の組織破壊を目的として行われたものだということである。
そしてその目的に沿うべく一名の事務局員の逮捕、事務所の捜索のために第四機動隊員一五〇名、私服一〇名が動員され、更に、逮捕捜査を機として捜査当局によつて提供された資料によつて大々的にマスコミが動員され「中野の反税運動に対する手入れがなされた」などと報道され、警察当局はこれに籍口し多数の会員、役員、顧問などに任意出頭をかけ、直接間接に転向脱退をせまつていることである。
その二は、一一月二日の衆議院選挙の投票日を直前にして反共反税団体へのキャンペーンをはり東京都第四区における革新勢力の飛躍的進出を阻止しようとした点にある。
当時中野民商は松本善明候補を推せんして活発に運動しており、これまでの実績からして一二〇〇名の会員をようする民商の動向は選挙の結果に重大な影響を及ぼすこと明らかであつた。ここで民商を弾圧して全会員を激減させ、且つ全部に反共反民商のキャンペーンをはるならば革新政党の票を大きく減らすことができる。
それ故にこそ、九月一〇日前後の事実を利用して一一月五日の捜査にふみ切つたのである。
ねらいは有効であつた。政治的大弾圧、これ以外に本件捜査、公訴提起はあり得ない。
有罪判決を指示し、被告人等に反省の色なしとまできめつける原判決はこの弾圧をしあげするものに他ならない。
第三に原判決には重大な事実誤認があり破棄されなければ正義に反する。
原判決は一審判決をそのまま是認し、認定に至る経緯も全く示していない。
しかし、これは誇張と虚偽にみちた国税庁側証人の証言のみを全面的に措信し、検察側証一条の証言内容中のこれと相容れない貴重な証言部分については黙殺するという著しく採証法則よりはずれた不公正な認定態度によるものである。
一審判決を支持する原判決は、被告人の若干のエキサイトした言葉が、木島ら税務署員らの権力的な全く社会常識を無視した非礼な態度に対する抗議としての意味しかないことを一方的にねじまげ一くぎりの言葉のみから判断している点重大な事実誤認であり、右の点の事実誤認はひつきよう国税庁、政府当局側の違法な調査態度、民商つぶしの政治弾圧を是認している意味で人民の基本権に関し、著しく正義に反するものである。
(各点に関し、追つて補充書を提出する)
以上